書いては消し、書いては消し、それでも僕は書き続ける
先日、大量の下書き記事を消したのに、またそれが増えている。そして日の目を見ないままに削除している。それらの記事は一応、1000文字程度の文章になっている。しかし、アップロードする気になれない記事がある。どこか上から目線だったり、人の言葉だったり。無理やり1000文字にした記事だったり、こびた文章だったり。
過去の記事はなんとなく恥ずかしいものである。アップロードした時点で全てが過去記事であるので、言い換えればブログ全体が恥ずかしいということになる。下書き記事も同じで自分にとっては全て過去記事である。書き終えた時点では、「よし、うまく書けた。」と思っても、読み直すと「うーむ。」と唸りたくなる記事ばかりだ。
それにもめげず、僕は記事を書き続ける。ダラダラと頭の中に浮かんだ言葉を形にしていく。書いては消し書いては消しを繰り返す。僕は実は書くことが好きだったのかもしれない。ずっと書くことは嫌いだと思っていた。自ら進んで日記なんて書いたことがなかった。夏休み明けに提出しなければいけない日記なんて、泣きながら書いていた。
そんな毎日毎日書くことなんてないよ。
小学生のころの僕はそう思っていたし、つい先日までは書くことにこれほどまでの興味はなかった。
今のブログを書こうと思ったきっかけは「ミニマリスト」っていうやつのおかげだ。今ではあまり好きな言葉ではないし、こうやって言葉にするのも少しためらわれるのだが、ブログを書くきっかけとなった言葉だから、そこまで毛嫌いする必要はないかもしれない。
当初はミニマリズムを中心にブログを書いていこうと思っていたが、今ではそうでもない。モノを捨て、余計な情報が入ってこない生活を手に入れ、すっきりした頭で浮かんだ言葉を書き綴っていく。今ではそういうブログになっている。だからといって、すっきりとした記事になっているわけではないことはご承知の通りである。
過去のことを思い出して記事にすることもある。夢の話を記事にすることもある。ひとつの言葉や他人の行動、偶然目に入った景色を記事にすることもある。愚痴ることもある。
続けてみてわかることがある。僕は毎日、いろんなことを考えているんだなぁと。平凡で変わらないような毎日を送っているつもりでも、日々違う。考えてみれば当たり前のことであるが、それに気がつかないことも多い。平凡でつまらないことの繰り返し。それでもネタになることは日々あるわけだから不思議だ。つまらない毎日ってことでもないのだろう。