グラハムヒルにみるミニマリズム
グラハムヒル ものは少なく、幸せは多めに - YouTube
実は「少なさ」が「多さ」を生むかもしれません
皆さん どこかで「少なさ」に幸せを覚えたことがあるはずです
大学の寮の部屋で
旅行中にホテルの部屋で
森の真ん中のキャンプ中に
もしくはボートの上で
少なさが多さを生む。その通りだと思う。少なさには豊かさがある。それを感じ取れるかどうか。何もない空間に価値を感じ取れるかどうか。何もない空間になにをみるか。そこになにがあるか。無限の豊かさが広がる何もない空間。美しい。無ほど美しいものはないと思う。
少ないことはしあわせだ。多くのものに囲まれる。それになんの意味がある?多くのモノにどれだけの価値がある?人がつけた価値は時代によって乱高下する。価値が上がった下がったと狂喜乱舞する。それがいったいどうしたというのだ。自身で価値をつければよい。壊れたテレビはいかほどか。数百年前に描かれた油絵を自身は美しいと思えるのか。
なにもない空間にはなにかがある。唯一無二の存在、自分がいる。主役だけの空間。余計なものはいらない。主役がいれば物語は進んでいく。台本もいらない。誰かの筋書き通りになんて演じてられるか。先に見える不安は自身が生み出したもの。不安の正体は自分自身。それを払拭するのも自分自身。頼るモノはなにもない。頼れる人はどこにもいない。自分しか存在しないその舞台。舞台の外にいる観客は僕の動向を見守るばかり。手は出さない。ハラハラするのみ。死んでしまおうがそれは舞台の上。芝居が終われば蘇る。