ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

心穏やかに生きるためにすること

顔

心穏やかに過ごしたい。これは僕が常に思っていること。普段は穏やかなふりをして生活している。僕に本来備わっている気性が荒い部分はひた隠しにして生きている。ある人とこんな会話になったことがある。

 

「アズさんって普段、穏やかよね」

 

「キレると手つけられないですよ」

 

「それ、よくわかる」

 
実は心穏やかでないということがバレていた。こういうのはわかる人にはわかってしまう。その人の前でキレたことなどないのに。

 

父親が気性が荒い人だった。血は争えない。それを引き継いでしまったのだと思う。そんなところ引き継がないでもいいのに。だから僕はずっと「父親のようにはならない」と思っていた。よくある反発だ。父親の怒り方はとても理不尽。なにが正しくて、なにが間違ってるなんてこと関係ない。気に食わないから怒る。「気に入らないならこの家から出て行け」というタイプの人間だった。僕は何度も飛び出したことがある。

 

そんな人の血を引いてしまったがゆえ、普段はそれをひた隠しにしている。できるだけ穏やかに過ごそうと努力している。過去には職場でも何度かキレたことがあった。家出をするように会社を飛び出したこともあった。最近はさすがに僕も大人になったのでそんなことはしないが。

 

ただ、キレそうになることはある。そうなるとそれ以上キレる場面を作らないように一切のだんまりを決め込む。言葉を発してしまうと喧嘩をしてしまうそうでこわいのだ。

 

人の性格は年を重ねるほどに顔に表れる。ケチな人はいかにもケチそうな顔をしている。不満顔が身についている人もいる。常に眉間にシワが寄ってて、それがデフォルトの顔になってしまっているのだ。本人は気がついていないだろう。常に眉間にシワを寄せていると疲れると思う。原因不明の疲れが更にイライラを悪化させる。一見穏やかでやさしそうな顔をしていても、どこか意地の悪さが見え隠れする人もいる。僕がキレやすい人間だと見抜かれたのも、どこかでその一面が見え隠れしているからだと思う。

 

もちろんいかにも心穏やかで本当にそういう人もいる。心底やさしい人。器が大きいとはこういう人のことをいうのだと思う。そんな人たちは柔軟な考えができる人が多いように思う。それに鈍感力。いくら器が大きくともその全てを許せるわけではないだろう。だから鈍感でいることが大切になる。

 

おだ‐やか【穏やか】

1 静かでのどかなさま。安らか。

2 気持ちが落ち着いていて物静かなさま。

3 極端でなく、人に受け入れられやすいさま。穏当。

 出典:穏やか(オダヤカ)とは - コトバンク

 

僕は心穏やかに生きるために気をつけていることがある。意識して動作や口調をゆっくりするということだ。ゆっくり歩いてみる。ゆっくりしゃべってみる。一呼吸おいてみる。自分の性格をかえることは難しいが、動作であればかえることができる。動作をゆっくりとすると不思議と気持ちに余裕が出てくる。ゆっくり歩くとその間にいろんなことを考えることができる。

 

足早に歩いてる人はいかにも余裕がないように見える。そんなに急いでどこに行くのだろう。他人のそんな動作を見て自分の余裕を感じる。早口でしゃべっている人を見れば「せっかちなんだなぁ」と感じる。その余裕のなさがミスを生んで、そのミスのせいでますます余裕はなくなってしまうのだろう。

 

ゆったり、のんびりした動作を心がける。それだけでも、まわりから見れば、穏やかな人に見えるのではないかと思う。そういう目で見られれば、自然と穏やかキャラになれる気がする。キャラを演じるといつの間にかそのキャラが自分自身になる。「心穏やかに生きる」を行動にする。それが僕が実践していることだ。