ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

映画「恋人たち」の感想 それでも人は、生きていく

恋人たち

恋人たち」という映画をみた。監督は橋口亮輔。妻を殺されてどんよりとした毎日を暮らしている男。平凡な毎日を送る主婦。完璧主義のゲイの弁護士。それぞれが送る普通の暮らしを描いたテーマだ。みていてシアワセになれる映画ではない。不平不満の毎日。平凡な日常を受け入れる。人を見下す。シアワセを願っているのにシアワセになれない。どうしていいのかわからない。抜け出す術を知らない。懸命に考えても答えが出ない。そんな感じの映画だ。

 

冒頭、弁当屋で働く主婦のシーンがある。少しの不満でヒステリックに喚き散らす。悪いのは全て他人。自分は間違っていない。他人のいうことに耳を傾けるという考えすらない。金切り声。スクリーンを直視できないくらいに不愉快だった。映画館を飛び出そうかと思った。どこにでもいそうな女。僕は残念ながら、この女性をとてもリアルに感じることができた。近付きたくない存在だけど、確実に僕の日常の中にいる。

 

妻を殺された男はとても不器用だ。言葉が足りない。「クソっすよ。みんなクソっすよ。」そういって泣いている。ときにはモノに当たる。当たり散らす。部屋の中はモノだらけ。コンビニ弁当を気怠そうに食べる。ひとりごとのように喚き散らす。きっと、本当に考えられないんだと思う。そういう人っている。考えることすらできない。今を変えたいという気持ちだけはあるのになにもできない。行動に移さない。自分のいいところがわかっていない。悪いのは他人。世間。そんな人間には誰も近づきたくないから、助けてくれる人もいない。負のスパイラルに陥ると、自分でもどうにもできないんだと思う。

 

でも、彼にはいい先輩がいた。同じ職場の先輩。先輩には片腕がない。昔、皇居を吹っ飛ばそうとロケットを作っていたときに誤って自分の腕を吹っ飛ばしてしまった先輩。妻を殺された男はいう。犯人を殺してやりたいと。殺すのは簡単だと。敵討ちが許されていた時代に戻ればいいと。一瞬で人なんて殺せると男は繰り返しいう。

 

「殺しちゃいけないよ。殺しちゃったらさ、話せなくなるじゃん。僕はあなたともっと話したいと思うよ。」

 

僕も人は殺しちゃいけないと思う。憎んでいる人のひとりやふたり誰にでもいると思う。殺したいほど憎い人もいると思う。僕も瞬間的にはそんな気持ちになるときもある。でも、敵討ちなんて許されていたら僕だって殺されてしまうかもしれない。僕は自分が殺されたくないから、誰も殺さない。国としての大義名分があれば不思議と人殺しだって許されてしまうなんておかしな話だと思う。

 

この男が突発的にリストカットを行うシーンがある。結局は未遂に終わる。そのシーンはリアル過ぎて画面を直視できない。自分の手首が刃物でスパッと切られるような感覚に陥る。ツラい。見ていてツラい。この映画を見たあとに「夏の塩」という本を読んだ。ここでもリストカットの場面に遭遇した。リストカットを描写する文字が実に生々しい。手首が痛い。自分の手首が血に染まる。気分が悪い。息が詰まる。自分を傷つけるという行為をここまでリアルに感じられたのははじめてだ。この感覚って僕は大事だと思うんだ。痛いという感覚。ナイフで刺したら人は死ぬんだという当たり前のこと。人は殺してみたいからといって殺すものじゃないんだ。

 

平凡な主婦は特別幸せでもなければ特別不幸でもない。夫婦ふたりと姑の三人で食卓を囲む。夫はとても無口だ。妻の余計なひとことにイラッとし平手打ちする。そして、無言で自分の部屋に立ち去る。姑は、「そりゃそうなるわよ。」と他人事のように言い放つ。それを主婦は受け入れる。

 

主婦は美人水という怪しげな水を信じお金を払う。怪しげでもなんでもそれを信じているのだから不幸だとは思わない。自分を幸せにしてくれるはずだった肉屋の主人は、単なる薬中だった。そこにとっておきの幸せなんてなかった。どこにもそんなものはなかった。自分でも気がつかないほどにどんよりとした毎日はこれからも続く。

 

妻を殺された男の部屋もも平凡な主婦の家も実にモノが多い。コーヒーの空き缶。コンビニ弁当の空箱。脱ぎ捨てられた服。重なるタンス。所得が低い人間の生活を描くには、雑然とした部屋を描けばいいと聞いたことがある。なんで片付けられないかなぁと思いながら見ていたが、数年前までの実家はこんな感じだったことに気づき、僕はなんともいえない気持ちになった。そうか、僕はこんな人間だったのか。

 

ゲイの弁護士はどこか人を見下している。僕は君よりも高いところにいる人間。恋人から別れを告げられてもその理由がわからない。「子どもっぽいヤツだな。きちんと話さないとわからないだろ?」なんて年下の恋人に言う。彼に悪気はない。自分の子どもっぽさに気がついていないだけ。学生時代から好きだった先輩とは理不尽な誤解で関係がうまくいかなくなった。ほんの少しのズレ。そのズレはどんどんと大きくなっていく。自分はどうにもできないほどに。もがけばもがくほどズレていく。修復不能。

 

僕はこの映画の人たちを皆とてもリアルに感じられた。僕はこの世界を知っているし、この世界にいる。できるだけ関わりたくないと思う僕の日常。遠ざかろうと努力するが、誰かにふと手を引っ張られるとその世界にどっぷり嵌ってしまいそうでこわい。オシャレで粋でかっこいい暮らしを装う。それらに必死にしがみつこうとしている。振り落とされたらどんよりとした日常に一瞬にして逆戻りだ。

 

この映画は見ているときはなんともいえないもどかしい気持ちにさせられる。しかし、観終わってから、こんなにもいろいろと考えさせられる映画は珍しい。途中で退席しなくてよかった。