お金について少し考えてみた
お金に対して、ずいぶんと執着がなくなったと思う。最近など紙幣をみてもクーポン券程度にしか感じないことがある。まあ、お金なんて実際、単なる引換券なわけで。
そんな感じだから余裕資金はあまり考えもせずに投資に回してしまう。最近だと、AIでの資産運用だったり、つみたてNISAだったり。記事にもしましたけど。
定期預金にしたところで、雀の涙ほどにも増えないわけだし、だったら損を覚悟で投資にまわしてしまえって感じ。
余裕資金だから長期運用を考えています。長期ってのは20年くらい?生きているかどうかもわからないけど、まあいいや。どうせ今は使わないお金だし。
お金がお金を生むっていうのはこういうことなんだろうなぁと思います。てか、ちゃんと生んでくれよな。
ものを買っても幸せにはなれないのは今までの経験で感じてきたこと。それを手にしたほんの一瞬だけは「わおっ!」と喜びの声をあげるけど、そんなのは右向いて左向いたら忘れてしまう。買ったものを仕舞い込んだりしたら、買ったことすら忘れてしまう。
だから、ものを買うより経験を買ったほうがいいんだね。経験した思い出は頭の中にあるから忘れないもの。いい経験は糧になる。
投資の話に戻ります。僕は「仮想」っていうのがどうにもイメージできない。だから、仮想通貨にも全く関心がない。
仮想
実際にはない物事を、仮にあるものとして考えてみること。仮に想定すること。
「例えば通貨があったとする」ってことでしょ?本当はないってことでしょ?意味がわからない。まあ、これはきっと僕の知識のなさを披露しているだけのことなんだろうけど、理解ができないから手を出さない。
僕はシステム屋さんなので、「仮想」という言葉にはたびたび遭遇する。仮想サーバ、仮想ネットワーク。
仮想サーバの実体ってのは単なるファイルなの。Excelファイルみたいなやつ。それがサーバなんだって。それがサーバだっていわれたら、そうなんだと理解するしかないんだけど、理屈で考えるとわけがわからなくなる。
仮想ネットワークもしかり。例えばそこにネットワークがあったとする。じゃあ、本当にはネットワークはないの?って考えるとわけがわからなくなる。
こんな人間がシステム担当者なんてやっているんだからね。チョロいもんよ。
こうやって次第に世の中の仕組みについていけなくなるんだろうなぁ。世の中がわからなくなるから、せめて自分の中にはいい経験を積んでおきたいと思うんだ。そのためのお金、いや引換券なのだ。