ミニマム コラム

執着せず。最低限のモノで。日常の共感。

言葉のこだわり。ミニマリストってなんだよ?

紫陽花

言葉の定義にこだわる人って結構います。“だから、ミニマリストっていったいなんなんだよ。”という記事もよく拝見しております。とても興味深いです。

 

ミニマリストの定義なんてわからないさ

言葉の定義なんてひとそれぞれだと思うのですが、それさえも許さないって人もいます。その考えもまた人それぞれです。自分の中にはミニマリストに対する明確な定義なんてものはないです。 

 

自分にないからこそ、いろんな記事を読んで考えます。それらの情報を自分なりに理解しつつ、情報を頭の中でリンクさせながら考えます。そこまでしなくても、スッと自分の中に入ってくる言葉もあります。そんな記事読むと、とりあえず、この人、すげー。って崇めます。

 

身近なコダワリスト

会社にもやはり言葉の定義にこだわる人がいます。

 

「普通ってなんですか?あなたの考える普通とわたしの考える普通って違いますよね?なにを基準に普通っておっしゃっているんですか?」

 

面倒な人です。この人とは、なるべく議論しないように気をつけています。答え出ないんですよね。人の考えってあいまいなものですし、目に見えないものですからね。それを明確にしようと思っても、なかなか難しいです。

 

こだわり過ぎるのもいかがなものかと

こだわる人って自分の考えを譲らないから、最後にはケンカになります。この人の場合も、たいていケンカ腰です。「建設的に話し合いたいだけですけど?」っていう姿勢がすでにケンカ腰です。

 

仮にその人と話をうまくすすめられても、それは価値観が一致したからではないです。なんとなくその場の空気で誤魔化しているだけです。お互いの考えが明確に一致したから、結論が出るなんてことはないんです。最後は、どこに妥協点を見出すか?です。

 

空気感というあいまいなもの

空気感って大事だと思うんですよね。なんだ、その空気感って?っていう話はおいといてですね。わたしの場合は、この人の言うことなら、信用してもいいかな?っていうザックリとした気持ちですね。

 

この人と関わって生きていきたいなと思わせる人っていますよね。そう思わせるなにかって明確にはわからないです。あるのは空気感だけです。だって、頭の中でホントはなに考えてるかだなんて、わからないんだものー。

 

だから、明確な基準の線引きとか言葉の定義って難しいんだと思うわけです。同じ言葉でも辞書によって書いてあることは違いますしね。

 

考えないと空気が読めない状況に陥る?

考えることは大切だと思います。明確に答えが出ないから、考えるのやめて、「なんとなくの空気感だけで、決めちゃおー。」とすると、空気が読めないってことになるんだと思います。まあ、空気を読むのって、考えただけじゃどうにもならないこともあって、その人のセンスや人間性など、いろんな要素が必要になってきますよね。

 

頭がいいから空気が読めるということもないです。「頭はいいはずなのに、なんか違うんだよな。」と思わせる人は結構います。うちの上司なわけですが。そう感じるのも、また空気感です。実は違っているのは自分かもしれませんし。

 

 ところで、冒頭のあじさいですが、庭に咲いていたものです。梅雨ですねー。でも、さっき蝉がないていました。夏ですねー。